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栄助少年記

父栄助は大正3年(1914年)父の言葉でいうと『欧州大戦』勃発の年に 山梨県中巨摩郡落合村 (現南アルプス市) に5人兄弟の真ん中の次男として、6月16日の早朝、生を受けました。
上には兄、姉、下にはやがて妹、弟が生まれます。つまり、栄助には兄姉妹弟が一人づつ揃っていたのです。

この一代記は栄助が九十歳の誕生日に90年の歳月を振り返った絵巻物を描いてくれとリクエストした事から始まりました。 だから随分晩年に始まった一代記の製作といえます。そして現在も鋭意製作続行中です



父栄助は2009年(平成21年)12月16日深夜、九十五年と正確に六ヶ月の生涯を閉じました。
最後の10日前まで歩き回り、頭の回転も清明に保ち、倒れて8日間眠り続けての大往生でした。
生前に『栄助一代記』をご覧下さった方々に厚くお礼申し上げます。

栄助には一代記を依頼したのですが、少年時代に遊んで青春時代に進む事はありませんでした。
栄助は俳句の巨星飯田蛇笏から黙栄の俳号を授けられた直弟子でした。おそらく生存した最後の蛇笏の直弟子であっただろうと思われます。
また、昭和9年から20年まで時代の大波の中で小学校教師を務めました。兵役にも就きました。
栄助一代記執筆の依頼の大きな目的に、蛇笏との出会い、戦争中の小学校、兵役、などを描いて貰うことがあったのですが、果たしてもらえませんでした。

栄助の死により、栄助一代記は栄助少年記と改めることにいたします。

こちら蓋棺記です。

さあ続いて時代は大正、山梨県の南アルプスの山裾にへばりついた農山村の風景の中へどうぞ。

おことわり;時代考証や事象の正確さについて・・・・父には記憶のままに描いて貰っています。全て90歳の記憶の中の風景です。
また順序は父が描いた順番になっています。

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栄助少年記

タイトルエピソード
入学式 口頭試問 校長先生の質問に答えて。
当時の農家では朝一日分のご飯を炊き、昼夜は冷や飯だった。えれ飯とは熱い味噌汁に冷や飯を入れた 逆汁かけ飯のこと
入学式 姉と 三つ年上の姉に手を引かれて、落合村立落合尋常小学校入学。「教えの庭」ならぬ「おちええの庭」に遊び、学ぶ。
春祭り 村の鎮守、屋台店も出ている。農村で春にその年の豊作を願う祭りがあるのはごく一般的。秋にどんひゃららという方が珍しい。 収穫後に感謝を捧げる余裕が百姓にあったであろうか。
栄助誕生 大正3年6月16日早朝
この年は冷夏だったらしく、この年の甲府からの富士山の初冠雪記録8月13日は現在でも記録として残っている。
夕暮れ 製糸工場の終業汽笛の音。人生最初の寂寥感。
栄助の生家も小規模ながら糸取り工場をやっていた。
外祖父の死 孫の中でも栄助を目にかけ可愛がってくれた外祖父
麦畑 酒屋へのお使いの帰りに盗み飲み。麦秋の風景。背景は八ヶ岳。
晩酌 酒呑みの祖父、作太郎の仕込みで子供の頃から晩酌。農家の台所に似つかわしくないレンガの竈は製糸工場の賄い方用
遠足 先生が絶大な権威を持っていた時代、先生に言いつけるというのは極めて有効な検挙手段
運動会 1  全校女生徒のマスゲーム。PAの無い時代、オルガンに合わせて全校女生徒が登場する。栄助は助手として旗で転回位置を示している
運動会 2  なぜか同じ主題を書き直した。私感では前の絵の方が楽しい
夏休み 1 村はずれの小川をせき止めて水遊びのプールを作る。働く上級生をさておいて、栄助はフライングして泳いでいる
夏休み 2 旧盆の閼伽棚に飾る花を取りに行ってすずめ蜂に遭遇。この蜂は子供の手に負える生き物ではなく、刺激しない事が第一
どんど焼き 道祖神様のお祭り、投げ入れた書初めが高く舞い上がれば字がうまくなるというが・・・
雪合戦 雪深い場所ではないので、雪は子供の大きな楽しみ
風 1 めんこは賭博であるので、巡査に見つかってはいけない遊び
風 2 巡査に踏み込まれたら逃げる、隠れる、ごまかす

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